5歳から始めた野球
きっかけは兄、姉の影響でした。
二人の野球に遊び半分で参加していたら、いつの間にかのめり込むように練習に取り組んでいました(笑)
そこから小学校、中学、高校、大学と、白球を追いかけ続ける日々を過ごしました。
たくさんの人に支えられて、走り切ることができた17年。
野球を通じて得られた経験や、仲間との出会いはかけがえのない宝物です。
夢を追いかけた3年間
高校では甲子園出場という夢を追い求め、より野球に打ち込める環境を探し私立の強豪校に入学。
親元を離れて寮生活を送りました。
平日は学校終わりの16時〜20時まで、土日祝は朝8時〜21時ごろまで丸一日練習。
毎週日曜夜に与えられる「外出許可日」が唯一の楽しみでした(笑)
「レギュラーとして甲子園出場」「プロ野球選手」の2つの夢に向かって突っ走っていた最中、高校2年の夏の大会直前に顎を骨折し、ベンチ入りメンバーから外れるという大きな挫折を経験。
約2ヶ月の療養期間中、何度も野球を辞めようか悩みました。
私立へ通わせてくれた親への恩返しや、夢への強い想いから奮起し、
3年の春には初めてレギュラーを掴み取りました。
そして迎えた2017年の夏。
レギュラーとして出場することは叶いませんでしたが、ベンチ入りメンバーとして甲子園ベスト4を経験。
17年の野球人生の中で、高校3年間が1番の想い出です。
一生に一度のお買い物を一生の思い出に。
新卒は、ベンチャーのハウスメーカーにて不動産の営業(新築戸建の販売営業)からキャリアをスタートしました。
平均単価1億円の家を富裕層向けに販売。
同期が全員1件以上は成約を挙げている中、私だけ1年目の成約件数は0件でした。
自分だけできないのが嫌すぎて、ひたすらロープレ。
2年目での挽回を誓い、資格の勉強も両立して行なっておりました。
1年目で宅建士も取得し、2年目終了時点では年間9件、売上13億円。
同期の中で1位になることができました。
「西川さんだから」と1億6,000万円の家を成約いただいた時は、胸がちぎれるくらい嬉しかったのを今でも覚えています。
人材営業へのキャリアチェンジ
その後、「家ありきの有形営業」から「自分をより売り出せる無形営業」にチャレンジしたいという気持ちが高まり、人材会社に転職。
法人営業やCA/RA、新規事業の立ち上げにも携わりました。
企業の採用課題を解決し、求職者のキャリアを一緒に考える。
自分が関わったことで、企業にぴったりの人材が入社し、求職者の人生が変わるきっかけを創出する仕事は、やりがいとして大きかったです。
でも同時に、心のどこかでずっと感じていたことがありました。
"もっと自分の力で、一人ひとりの人生に深く関わりたい"
組織の看板ではなく、「西川舜悟」という個人として、目の前の人に向き合いたい。
その想いは、日に日に大きくなっていきました。
独立
2025年12月に独立。
採用支援とキャリアカウンセリングを軸に、
"人の人生の起点をつくる"
をモットーとして活動しております。
"誰もが挑戦を本気で楽しみ、挑み続けられる人を増やす"
かつての高校野球の時のような、目標・目的に向かってただがむしゃらに野球に打ち込んでいた状態は最高に楽しかったです。
それをこの先の人生でも体現していきます。
そして同じように挑戦を楽しめる人が増えたら・・・
といった世界を想像して、多くの方にキャリアを通して「起点」を作っていきます。
それが僕の生き方そのものです。
最後に
ブログ上にて僕自身のこと、これまでの歩み、そしてこれからの挑戦を綴っていきます。
少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。